Dr.KINOKOYA Laboratory since 2004

サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Family | 一人で行く

2歳半の息子は、夢にうなされるのか、たまに夜泣きをします。
さきほど、仕事部屋の隣の寝室で、どんどんと足音と泣き声がするので、寝室に行ってみました。
夜泣きといっても、めそめそ泣くのではなく、暴れるという表現がぴったりするような、足をどたんばたんさせて、何かを叫びながら泣いているのです。
 本日は・・・
「おかあさん、見つけに来て!」と叫んでいました。
さらに、嫁が「ここにいるよ」というと、「おかあさん、立って!」「おかあさん、〇〇ちゃんをだっこして!」と泣いています。なんとか立ち上がったり、座ってだっこしたりしておりましたが(実は、先週末、ぎっくり腰になったので、抱っこはつらいらしい)。嫁も真夜中のことなので、立ち上がる気力もないのか、膝に抱っこして、窓の外を見せて「お月様出てないね~」と半分寝ぼけながら話しかけると、「お月様見たい」と、これまた号泣。
 まー、とにかく、何でも泣く材料にするというか。明らかに泣く理由を探しているとしか思えません。

 んで、ここまで見ていたきのこやは、タイミングを見計らって「お父さんとお月様見にいこうか?」と誘ってみました。と、息子は意外にもあっさりと泣き止んで、私に抱っこされました。
 いや、これ実は意外と難しいのですよ。タイミングが悪いと、「お母さんがいい!」「おとうさん、あっち行って!」と、火に油を注ぐことになることもよくあるからです。
 しめた!と思ったきのこやは、息子を抱っこして、真っ暗な階段を降り(明るくすると、本格的に起きてしまう可能性があるので)、ゆっくりと外に歩いて出ました。
 「お月様いるかなぁ?」と息子と会話をしながら、近所を軽く散歩。天の川が見えるほど、星は綺麗にでているのですが、残念ながら月は地平線のかなたのようです。
 「お月様は、地平線の下に隠れちゃってるみたいだね」と、地平線の説明とか、天の川の説明とかをしていると、「お星様綺麗~」と、機嫌も良くなったようです。
 「きっとまた明日のお月様に会えるから、もう寝ようか?」と帰宅を促し、程なくして自宅に戻りました。

 2階に上がると、私の仕事部屋に行けとの指示。部屋の明かりを消して、ディスプレイの明かりのみで椅子に座ると、息子は、膝の上で横になって、あくびをしています。「お布団で寝ようか?」と誘っても、首を横に振ります。

 しょうがないな・・・。眠るまで、つきあうか、と、息子を膝に寝かせたまま覚悟を決めた瞬間。

「一人で行く」「お父さん、仕事していいよ」と、一人で寝室に帰って行きました。

 私の気持ちが読まれていたのか?子どもとは本当に不思議な生き物です。

 ある意味で、子どもは親の覚悟を見定めているフシがあります。「お父さんは、本当にボクを好きなの?」「面倒臭いとか思ってない?」。そんな時、少しでも面倒くささを考えると、子どもは更に手がつけられなくなります。このへんでいいだろ?と手を抜くことを考えると、いつまでたっても泣き止んでくれません。

 でも不思議なことに、とことんまで付き合う覚悟を決めると、不思議なことに子どもは、拍子抜けするぐらい、おりこうさんになります。
 だってですよ、こんな夜中に私が仕事をしているとは彼は知らないんですよ。それなのに「仕事していいよ」ですよ?(ちょっと上から目線が気になるがw)こんなに空気を読む子どもっているのでしょうか?こんなに殊勝なこと言うものでしょうか?

 またもや子どもに教えられた夜でした。

 ちなみに、現在制作中のレシピ本は、とりあえず、手持ちのテキスト原稿と画像の配置を完了しました。この数日の鬼のような集中作業で、朧気ながらゴールが見えてきました。微妙にレイアウトに不満は残るものの、とりあえずは及第点の本ができそうなところまでは来たので、一安心しております。ま、ここからの微調整作業が、まだまだ一山二山あるのだが。
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| Family | 01:22 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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Family | また会いましょう

 私が結婚式の司会をしたご夫婦の次男が亡くなった。
 7ヶ月。
 その葬儀に行ってまいりました。

 わが息子の子育てをしていて、如何に乳幼児というものが弱いものであるかを実感しているだけに、あまりにも儚い命でありました。夫妻の胸の張り裂けるような悲しみを考えると、胃がキリキリと痛みます。1ヶ月ほど前に司会をした友人の結婚式で、元気な4人と会ったばかり、そして、亡くなった次男とはそれが初対面でした。

 会葬御礼の挨拶で喪主である父は言いました。

 「お子さんがいらっしゃる方も、いらっしゃらない方も、私の息子が死んだ理由を周りの人に話してください。それによって、一人でも、そういう死を免れる子供がいたならば、息子の死も生きてくると思います」

 気丈にも搾り出す彼のコトバの裏に、息子の死の意味を自問した亡くなってから今日までの数日間の煩悶を受け取りました。

 だから、ここに私は記そうと思います。

 大人用の布団に寝かされていた彼は、足をじたばたさせている内に、頭上に積まれた布団に頭を突っ込んだそうです。さらにじたばたする内に、積まれた布団に深くもぐりこみ、窒息、あるいは脱水で亡くなったそうです。

 乳幼児にとって、あらゆる物は脅威であり得ます。それは柔らかい布団であっても、あるいは、タオルであっても同様です。
 例えば、顔にかかった乾いたタオルを払おうとしている時に、たまたま飲み残した牛乳がテーブルにありそれが、運悪くその顔を覆ったタオルにこぼれたら、やはり窒息で死ぬことがあります。
 例えば、まだ歩くのも心もとない幼児は、水溜りでも溺れることがあります。
 ちなみに、私の遠いいとこは、小学生の時に、近所の池に溺れて亡くなっています。

 アクシデントは常に予想を超えたところに存在しますが、その予見力を養う知識の一助として、彼の死を回りに伝えて欲しい。次男を亡くした彼は、そう言いたかったのだと思います。

 彼が亡くなる数日前、ちょうど助産師である嫁と話をしておりました。

 同僚の助産師の子供が小さい時、ある日、子供さんがそのお母さんの背中におぶさるように覆いかぶさってきたそうです。耳を澄ますと、背中の子供は息が止まっている。慌てて彼女は子供に心肺蘇生を施します。程なくして、子供は「げほげほ」と我に帰る様に息を吹き返したそうです。
 「私が看護士でなかったら、子供は死んでいたと思う。子供にはこういうことがあるからアナタも気をつけてね」と嫁は同僚から言われたそうです。

 私は、嫁から乳幼児の心肺蘇生法をその時教わりました。

 小児の心肺蘇生法
 http://square.umin.ac.jp/enzan119/G2000.html

 このケースは、例え落ち度が無くても、子供を死なせる可能性が起こりうるということを表しています。生と死の境界は、実は紙一重です。逆に言えば、私たちが今日まで馬齢を重ねることができたのは、度重なる死との境界をかろうじて、幸運にも潜り抜けてきたから、潜り抜けさせてくれた親の、周りの大人の協力の賜物だと思います。

 7ヶ月の人生というのは、ひどく短いと思えます。しかし、私は、ヒトには与えられた天命があるのだとも思います。現世では短かったかもしれないけれど、いずれ訪れる私たちの死の後、きっと来世では先輩面した彼に会えることでしょう。その日までしばしの別れではありますが、いずれまた会える日がきっと来ると信じています。

 また会おうね。

 

| Family | 00:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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Family | 記憶

 というわけで、嫁が夜勤なため息子と二人きりの夜のきのこやです。
 ようやく布団で眠ってくれました。

 さっきのこと。例のごとく「ドライのブ~」とせがむ息子に、「はいはい、じゃ2階から財布取って来るね(免許証が入ってるんでね)」と免許証を持って玄関で待っている息子のところに行くと、「財布持ってきたぁ?」「ん?四角のメガネぇ~?」と聞いてきました。
 ん?四角のメガネ?おお、そうだったそうだった、メガネを替えなきゃね。
 私はメガネを2種類、運転用のメガネと事務仕事用のメガネを使い分けております。確かに息子には、運転の時は四角のメガネと説明しておりましたので、彼の指摘は正しいw。

 に、してもですよ。この観察力には驚きます。

 ドライブの時は、お父さんは四角のメガネをかけなければいけない。
 今からドライブに出かけようとしているのに、お父さんは丸いメガネをかけている。
 それはドライブには不適切である。
 よって、メガネの交換を促すべきである。

 恐らくは、これらの推論が彼の脳内で処理されたわけで、その根本には文脈に応じたしっかりとした記憶が成立しているということです。さらには、それらの推論の結果から、他者に対する働きかけも適切に行っているわけです。
 2歳3ヶ月(ちょい前)ですよ。

 常々、子供を侮ってはいけない、と思っているきのこやですが、子育てとはこのように日々発見と驚嘆の日々であります。

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Family | 視点

子供を持つと明らかに視点が変わりますね。自分の支点が変わるとも言える。

君たちが生まれた時、育った時、こんな風にして、君の親は、君のことを抱いていたんだと思うよ。
君の一挙手一投足に喜び、心配したんだと思うよ。

P1000932_500.jpg
(題:You Tubeに見入るw)

たとえ一瞬であったとしても、それは永遠に変わらない事実だということは、信じていいと思うけど、どうかな?

| Family | 00:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Family | 2歳

 ちゅーわけで、本日、息子が2歳になるわけです。家族でひそやかに誕生日を祝うわけです。
 1歳の時は興味を示さなかったケーキのロウソクに激しく反応。何度も消灯をせがむわけです。

 「何歳になったの?」と聞けば、ちゃんと「2歳」と答える。コミュニケーションも完璧です。

 最近は、お箸でうまくご飯を掴めたときに、「達人!」とのたまっております。

 ところで、以前ネットオークションで購入したデジカメが壊れました。

 
RICOH デジタルカメラ Caplio (キャプリオ) R6 ブラックRICOH デジタルカメラ Caplio (キャプリオ) R6 ブラック
(2007/03/23)
リコー

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コンパクトデジカメは、こいつが3台目ですが、やはりコンパクトデジカメで満足行く写真は難しいですね。そろそろデジイチが欲しいお年頃です。

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Family | 二人きりの夜

 「講釈師、見て来た様な嘘を言い」を座右の銘とするきのこやです。
 これは半分冗談、半分本気なのですが、要するに、ちょっとばかしアタマでっかち(つまり、どっかで聞いた話や、テレビや本で読んだ話が多いということ)な自分を自嘲気味に、一方で、聞きかじりではないものの、己の心情、あるいは判断に常に客観性というか一定の留保をつけるために自己を戒めるために考えていることでもあります。

 さて、出稼ぎと少しばかりの自社の仕事以外の時は、極力自宅で子育ての手伝いをしているきのこやですが、本日はほぼ週に1回来る嫁の夜勤の日なので、息子と二人きりであります。
 子育てに男性が参加することが一般化した(と思われている)昨今でありますが、私の年代、つまり、昭和30年代生まれの同級生を見ていると、せいぜいがゴミ捨てと風呂の掃除が関の山ってカンジではないでしょうかね?
 ま、嫁が専業主婦ならそれも理解できますが、なにせきのこやは嫁の方が仕事が忙しいという、限りなく居候に近い立場故(笑)、同年代では比較的高度に子育てに参加している方ではないかな?と自分なりに評価しております。

 ま、それでも食事はほぼ全て嫁に作ってもらうので、エラそうな事は、鼻から言うつもりはないのですが、心情的には、限りなく主夫的な覚悟を持っているつもりです。

 そんなことが言いたかった訳ではなかった・・・。

 ちゅーわけで、夕方の4時から息子と二人でした。
 今日は、彼が3時半ぐらいから遅めの昼寝に入ってくれたので、目覚めた6時半までは比較的のんびり。起きてきてから、戦時下のような息子との食事。彼は事の他納豆愛好するわけですが、本日は、超細巻き(直径2センチ弱)の納豆巻きが意外にウケて、結構な量を食べてくれました。おかずのカレイのから揚げは、一番食べやすい横腹の身の所には手を出さずに、カリっと上がった尻尾とその付近に付着した身を「骨!骨!」とニコニコしながら食べていました。

 常々思うのですが、彼を見ていると、日常世界の全ての物事が新鮮で、他愛のない物事で楽しく遊んでおります。カレイの尻尾の骨の件もそうで、本当ににっこにっこしながら、嬉しそうに骨にかぶりつき、私に「骨!骨!」と同意を求めてくるのです。ここで、「骨の何が面白いねん?」と突っ込んでも意味がありませんし、せっかくだから一緒に「骨!骨!」と笑顔を返すわけですが、こういう姿を見ていると、ヒトというのは正に遊ぶために生まれてきた生き物だなぁと思います。学生の時に読んだ、ホイジンガのホモ・ルーデンスを思い出し、ようやく、実感を伴ってその言の真意を悟ったような気がします。

 その後、お風呂に入れようとするのですが、今日は、なかなかお風呂に入ってくれず、9時過ぎにようやくお風呂に入ってくれたものの、今度はなかなか上がってくれず(笑)。それからも、最近、声高に「イヤ!」ということが楽しげな彼に服を着せるのに一苦労。
 一苦労と、一言で片付けてしまいますが、如何にして力ずくではなく、本人の意思として着替えをさせるかに知恵を絞るのは、それはそれで疲労感は残るものの、後から反芻してみると楽しい瞬間でもあります。

 で、片目で「ギネ」なんぞを見つつ、母から送られてきたイチゴを食べさせたり、牛乳を飲ませたりして、そろそろ眠って欲しいなぁと思えてくる11時過ぎに、伝家の宝刀「ドライブ」に突入しました。
 子育てのHPなどを覗くと、結構みなさん寝かしつけるのに苦労されているようで、私もその一人なわけですが、最近は、このドライブが百発百中の寝かしつけ技と化しております。長いときは1時間近く近所を徘徊することもありますが、大抵は30分程度で眠ってくれます。

 で、本日は、無事に11時半に寝てくれました。その後、ちょっとばかし仕事の資料整理などを済ませて、日記でもと思いブログに向かったわけでした。

 しかしですね、聞くと見るでは大違い、と良く言いますが、子育てほど体験してみなければわからない作業もないですね。いや苦痛とかそういうことではなくて、どんなに書籍を含む伝聞情報を積み重ねたとしても、その総和は、1日の体験を上回ることは決してありません。

 そして、それは何よりも楽しい体験であり(苦労も含めて)、何よりも充実感のある営みであります。

「人生に行き詰まりを感じたら子育てを!」

 若い女性だけではなくて、男性にも是非おすすめします。だってさぁ、こんな人間、絶対会社にはいない!ってカンジの理不尽でわがままな存在なんだけど、しかし、その理不尽さを遥かに凌駕する、自己承認感を味あわせてくれるんだもん。

| Family | 02:24 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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Family | 山よりも大きく

 今日は競争的資金(ま、いわゆる科研費みたいなやつ)の締め切りが昼の12時で、当初、私の手を離れるのが昨夜になるはずだったのが、いろんな問題で結局朝まで持ち越して、結局、毎週金曜日に行っているコンサルティングに遅れて出かけた。
 現場では、久しぶりにクリーンベンチの作業などもし、晴れやかに仕事を終え、さぁ、明後日の中国出張の準備に手を出さなくちゃとかなんとか考えながらハンドルを握っていた。
 と、沖縄の刑務所にいる(あ、入っているんじゃなくて、務めているw)高校の書道部の先輩から、珍しく電話。

 うすうすと思っていたことだが・・・・。

 高校の書道部の恩師が死んだ。

 今年は、3月7日、5月4日と子供を連れて遊びに行き、体調を崩してはいるものの、元気な老人であった。相変わらずの、頭の回転の早さ。反射的に出るのであろうと思われる、駄洒落。
 少し安心したものだった。

 でも・・・
 7月に会いに行ったときには、もう、目に見えない誰かと会話をしていた。

 だから、まもなくこういう日が来るのはわかってはいたんだ。

 だけども、こうしてブログを書いていると、やっぱり涙が止まらない。
 そう、僕にとっては、彼は恩師以上の存在であったから。

 よく、「親以上の存在」と手垢のついたフレーズを耳にすることがるが、彼は正に親以上の存在だったんだと、つくづく思う。

 僕の人生は、人に助けられた人生だとよく話をする。中学、高校、大学、社会人と、それぞれの人生のステージで、不思議と人間的な魅力に溢れた指導者に導いてもらった。高校のときは、彼だった。

 高校1年の5月。僕の両親は離婚した。それが原因だかどうかはわからないが、それから程なくして、生来の怠け癖が嵩じて、僕は登校拒否児となった。ただ、何故だかわからないが、書道の時間が妙に好きで、週に一度のその時間だけは欠かさず出席したし、放課後に個人的に指導もしてもらった。
 そんな中で彼は「○○(私のこと)、おまえ学校来よらんらしいやないや?よかよか、お前は3年間字だけ書いときゃよかと」と言い、まだ1年生がいなかった書道部に僕を誘った。
 書道部なんて、カッコ悪いと思いつつ、しかし、結局僕は1年生の終わりに書道部に入部し、それから2年間+予備校の1年間書道に明け暮れた。

 自殺ばかりを考えていた当時の僕にとって、書道と彼との師弟関係は、唯一の生きるよすがであった。あの時、彼に出会い、なんとか毎日をやり過ごすことができなければ、きっと僕は、今のように生きていないのではないか?とさえ思える。

 天寿を全うしたとはいえ(確か90歳)、そんな先生が死んだ。
 唯一の救いは、いつも僕のことを心配してくれていた先生に、息子を会わせることができたことだ。

 そう、それだけが救いだ。

 心から先生の冥福を祈りに、明日、会いに行ってきます。

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Family | 無事1歳

2月11日紀元節

長男が無事1歳の誕生日を迎えました。
いやー、1年ってあっという間ですね。
月給15万円でよくぞ暮してくれましたわよ、嫁www。
年収200万でも、なんとか3人で暮らせることを実証w

長男は、1枚の服も買うことなく(いや、1年中裸で過ごしたわけではないよ)、皆様からの温かいおさがりで過ごしてくれました。これが、私や嫁の友人が高級志向なもんだから、長男が一番、ブランド物の服を持っているという、世間の矛盾も実感しました。

昨年は、予想外の臨時収入もあったし、新しい仕事も回してもらったし・・・。
これは長男効果と呼んで差支えないでしょう。


あ、そういえば、今年、個人事務所も開設。
晴れて、独立自営業者となりました。もちろん、旧会社の取締役、高崎の会社の取締役も兼務ですわよ。
 肩書きだけ書くと、年収1000万は行っててもおかしくないカンジですが・・・w。

 世間は、サブプライムだの派遣切りだので、くらーい話題でもちきりですね。
 しかし、こういう時代だからあえて言いましょう。

 お金と幸せは、まったくリンクしていない。

 幸せを決めるのは、あなたの決意のみです。
 幸せに生きると決意するか、不幸せに生きると決意するか。ただ、それだけです。

 ただ、ヒトは弱いものです。その決意を曇らせる魔の手は、あなたの心の中に、あなたの行く手に、性懲りもなく立ちはだかってきます。その萎える気持に、子供の寝顔と笑顔はエネルギーを注いでくれることは確かです。不思議なご縁をもたらしてくれることも確かです。
 それが実感できた1年でした。

 
 

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Family | 隠し子

20080213213103
なんてな

| Family | 21:29 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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Family | 隠し子3

20071018_abe.jpg

福岡の嫁から無事生まれたとの連絡。

そのうち会いにいくからね、まっててね。

| Family | 10:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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