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Dr.KINOKOYA Laboratory since 2004

サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Foreign country |

伊藤忠、中国の大農産地と提携 「食の安全」管理・検査、黒竜江省一帯で
2010/6/24付
【大連=進藤英樹】伊藤忠商事は中国産食品の検査を強化し、大規模な供給体制を整える。このほど黒竜江省政府の国営農場を管轄する農墾総局、同省の研究機関である農業科学院、食品検査会社の煙台傑科検測服務(山東省)の3者とそれぞれ業務提携した。今年の収穫期から黒竜江省の100を超える農場で生産する野菜や穀物について栽培から加工まで一貫して管理する。中国産食品への不安を和らげるのが狙いだ。
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 大豆の生産量で中国全体の約3割を占めるなど屈指の穀倉地帯である黒竜江省が、外資の企業と食品の安全に取り組む事業としては過去最大級だ。伊藤忠は国営農場で野菜や穀物を委託栽培し、農業科学院は農産物の安全性を調べる。煙台傑科検測服務とは残留農薬や添加物の検知など加工食品の検査体制で協力を深める。日本の先進的な技術を導入し、食品の信用を高めることを目指す。

 農墾総局は黒竜江省で115の農場を管轄し、約74万人が働く。耕作面積は合計212万ヘクタールで日本の耕地全体の半分弱の規模。ここで収穫したカボチャ、タマネギなどの野菜や、大豆、トウモロコシといった穀物を農業科学院で安全性を点検する。遺伝子組み換え作物が混入しないようにするなど管理を徹底する。

 伊藤忠は今回の事業を通じて、現在はほとんどない野菜の輸入額を3年後に50億円まで伸ばす計画だ。穀物は現在の20億円から50億円に増やす。伊藤忠は2009年に黒竜江省の会社に資本参加し、穀物の委託栽培による供給体制を築いた。野菜の供給でも合弁会社の設立を視野に入れる。

 日本の中国産食品の輸入額は08年の冷凍ギョーザ事件を境に急減した。「食の安全」の確保が課題になっている。

***********************日経web版より

この会社、たぶん刑社長の会社じゃないかな?
いずれにせよ、中国での農産物生産事業が旬ですね。

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Foreign country | 帰国

昨日北京から帰国。
朝7時(日本時間8時)にホテルを出て、自宅に着いたのは夜の7時。
次回は、広州経由で直接入ることを決意(笑)。

予想されたことではあるが、うちの会長は亀井静香なみの爆弾ですねw。

ま、これまで沢山の修羅場をくぐってきたので、いかようにも対処可能です。
別に命を取られる訳でもなし。

いっちょ、ぶわ~っと、ハッスルしましょう。

| Foreign country | 21:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | 南寧

ちゅーわけで南寧2日目。昨夜は、先方の招待の宴会。やはり南の人間との宴会は地獄だ。
本日、調印式とやらがある中国ーアセアン博覧会の会場に行く。

巨大な博覧会だ。

CAEXPO

いやー、中国人は田舎者というイメージが強いのだが(いや実際、田舎もん多いのだが)、この巨大さは中国ならではという気もする。なんやかんやいって、日本おいてけぼり食らいそうな勢いですわ。

| Foreign country | 16:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | 2009北京_2

 というわけで、本日(もう昨日か)北京に到着。
前回と同じ大連経由。
ホテルについたのは、日本時間9時半。
3時の飛行機に乗って6時間か。

明日はベトナムに程近い、南寧に移動。そこからが仕事です。

てか、直行便はなくても、当日に南寧に入る方法あるんじゃね?
最近話題の仁川経由あたりで。

今日は、いつものホテルの日本料理屋で一人で飯食って、仕事のレポートを途中まで書いて終了。
いつものようにホテルでパソコンをさわっていると、群馬にいるのと感覚が同じになってします。
すっかり旅に生きる、みたいなかんじ。
ま、ホテルの部屋が群馬のホテルの3倍ぐらい広いだけで。

よくよく考えると、今年は仕事で3回目の海外です。
いよいよ世界に羽ばたくきのこやでした。

| Foreign country | 01:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | Dear Old Good Friends

つーわけで、東京におります。
 月曜う日に学会出席のために来日(うちの教授のご招待)した2人のフィリピンの教授のご案内です。
 この二人は、先日フィリピンに講演旅行に行ったときに大変お世話になった二人。中でも、トップの1人は15年来友人。皆年齢も近いので、同級生と過ごしているような感覚。

 初日の月曜日は、ホテルで彼らの到着を待ち、一緒に食事。あまり英語が得意ではないので、3人での食事は骨がおれるなぁ、と思っていたら、彼と旧知のある財団の副理事長がホテルに訪ねて来ていて、彼の招待で4人での食事となりました。助かった~。

 翌日の昨日は、うちの教授が生でテレビ出演をするというので、彼らを連れてテレビ局に見学に。打ち合わせ、リハと見学し、スタジオで生を視聴。
 いやー、スタジオ見学は初めてなので、いつも見ているあの番組が作られる過程が見られてすごく楽しかったです。フィリピンの先生たちも、はじめての経験に感激していました。
 スタジオは、見える部分以外はかなり乱雑で、しかも手狭。オープンスタジオだからなのかもしれないけど。にしても、アナウンサーのお譲ちゃんがテレビでみるのと同じく、可愛かった~。


 さて今日はこれから神戸(大阪)に移動。新幹線ひかりには、喫煙席があるそうで、それもラッキーです。うちの学生と一緒の新幹線なんだけど、私だけ喫煙席に座って、フィリピンの先生方の接待は学生にまかせようと思っております。

 神戸で久しぶりに娘に会えるかなぁ。
11日までいますので、関西方面の方、お声かけください。

| Foreign country | 08:59 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | Philippine

つーわけで、3泊4日でフィリピンに来ています。明日帰るけど。

 ま、仕事ですけど。

 昨日、Central Luzon State University で少しだけ講演をさせてもらいました。生物学科の学生さんが来ていて、一緒に写真を撮ってといわれました。
 同時に、私が表紙デザインをさせてもらった本の出版パーティもあったのですが、ダンスやら歌やらがあって楽しいパーティでした。みんな地元の学生さんですが、これが意外にレベルが高い。
 歌を歌ってくれた女の子は15歳らしいのですが、フィリピンの全国の歌野コンクールで優勝をした女の子らしくて、その実力に納得でした。 昨夜、その大学がある市町さんと飯を食いましたが、なんと10月に福岡に彼らを連れて福岡に行くそうです。

 フィリピンの食事は、全く辛くなく、どれもとても美味しいものでした。
 いやー、英語は得意ではないのですが、でも、少しでもコミュニケーションできるというのは楽しい。

 ちなみに、あちこちに水牛がいて、のどかな風景な場所です。

| Foreign country | 02:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | ぼたもち

 というわけで、機内食(2食)だけだと、この時間腹が減るなぁ。

 で、暇にまかせてネットアンド携帯をもてあそんでいたわけです。
留守電が2件。
 二つとも知らない電話番号。

 聞いてみる

 おー、1件は、今アメリカの大学にいる友人。

 実は彼のことが2日前のある教授との会食で出ていたのでした。
なんでも、韓国に新しくできる国立大学の講師だかなんだかになったとのこと。

 さっそくアメリカに電話。
 てか、わざわざ北京に来て、アメリカに電話せんでもw。

 8月から韓国で働くってさ。近くなるので、たまには飲めるかも。


 もう1件は・・・

 ええ、借金とりでした。
 なにも北京まで電話してこんでも・・・。

 てか、海外携帯に変えた私が悪いのかな?w

 あ、実は、今回中国に行くのとはまったく関係なしに、2週間前に携帯を新しくしたんだよね。
前の携帯の電池が死んじゃってね。
 せっかく変えるなら、今年は海外に行きそうな気がしていたので、海外で使えるやつにと思ってさ。

 型落ちだけど。

 ネットオークションで買ったけど。

 でも、新品だけど。

 ある意味、そういう運命だったのでしょうね。
こんなに早く海外に来て、使えるようになるとは。

 シンクロニシティってやつ?
 ただの偶然か?w

 

| Foreign country | 00:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | 2009北京

 というわけで大連経由で北京に到着。
機内で文庫本2冊ほど読めました。
 大連で入国手続きをするんだけど、すっかり日本では報道が下火になった、インフルエンザの機内検疫を受けました。つっても、耳に赤外線式の非接触温度計を当てられるだけなんだけどね。

 たしか、前に来たのは3年前。

 北京の国際空港新しくなってました。そういえば、北京オリンピックあったしね。
ホテルは会長の定宿、21世紀飯店。
 なんか中東の人らしき人とか、黒人の人が多い。

 さて明日から仕事です。
 どんなことになるのかね。

| Foreign country | 23:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | 6月の予定

 6月は出張の嵐。
 1,2日は、1泊2日で福岡、菊池
 3~7日は、中国
 10~16は、新宿高島屋

 新宿高島屋?

 ええ、以前おこなわれた大学関係のイベントで、再度新宿高島屋に出店です。
 きのこの即売をおこなっております。
 1日中立ちっぱなしで、激疲れ必死。
 お近くの方は、是非、お顔をお見せ下さい。

 それよりも何よりも、6月前半は、数日しか子供の顔が見られません。
 最近、やたらと意味の聞き取れない単語らしきものを話し始めている。単語というほどのものではないが、明らかに何らかの意味のあるコトバを話しているのが横にいても分かる。
 この調子だと、帰ってくるころには、明確な単語を結構話しているのかも。

| Foreign country | 20:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Foreign country | これでいいのだ

 「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

 しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」

 持っていた紙が白紙であったので、アドリブ?と物議をかもしたタモリの弔辞である。
 にしても、心を打ち震わせる名文である。いや、文章というより、魂の、心のありようというか。久しぶりに目頭が熱くなっちまったよ。

 思えば私の人生の初期の選択に、タモリの存在は大きなものであった。外国語に目覚め、NHKの英語のみならず、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語講座を視聴しはじめたのは「四ヶ国語マージャン」の衝撃に影響されたからに他ならない。確か中学2年の時ではなかったか。そのころから私はスペイン女の黒髪が好きで、今のかみさんもスペイン人だ(妄想)。
 その後、九州英数学館に予備校を決めたのも、早稲田の第二文学部に行ったのも、モダンジャズ研究会に入部したのも、タモリの影がちらほらと頭の隅にあったからに他ならない。
 それを選択と言って良いのか、ただのミーハーと言って良いのかわからないが、所詮小生のような人間の生き様だ。

 そのタモリなる芸人のルーツたる赤塚不二夫が死んだ。

 深い感慨はないが、ふと思い出すと、私が幼稚園だか小学校低学年だかの写真に「しぇー」のポーズで写っている写真があることを思い出した。今でいうと、「そんなのカンケーねぇ」だろうが、それほど小児の心を鷲づかみにしていたことが窺い知れる。

 にしても、クールだ。タモリ。
関西芸人の弔辞にはないクールさだ。
 クールジャズの中にある暑さというか。平凡な他人にはわかるまいとも、己の美学に忠実な、単なる天邪鬼というか。あの、空気感。抑制の中にある魂の叫び。それが、中学生の私の心に刻まれていたのだということが、今あらためて思い出された。

 してみると、私もある意味で、あなたの作品なのかもしれません。

合掌

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