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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Essay | イルカが好き!

 あれは5年ぐらい前のこと、毎年参加している学会が九州大学で行なわれた。学会と言うのは自分の発表が終わってしまえば、残りの時間は大抵、観光などをして過ごすのが、実は皆の密かな楽しみである。だから、東京で学会があるとみんな結構がっかりするんだよね。学会でもなければ決して踏み入れることはなかったであろう土地に行って、地元の名産を食って、飲んで、観光名所なり街の雰囲気を楽しむのがいいんだからさ。

 僕は一応福岡出身の地元民ではあるが、一緒に共同研究している農大の若先生が福岡のマリンパークに行ってみたいと言い出した。はっきり言わせてもらえば、僕は魚になんか興味ないのね。かといって、他に行くところもないし、行こうか、ということで、西鉄バスに揺られてマリンパークまで行った。

 松林を進みながら、バスはいかにもマリンパークでございといった雰囲気のだだっぴろい閑散とした場所に到着した。ま、平日の地方の水族館なんて、そんなにたくさん客がいるはずもなく、僕の脳裏には「こうやって無駄な税金が使われていくのだなぁ」などと、当時の桑原市長への筋違いな批判などが芽生えていた。入場料は確か1500円だか2500円だか結構高くて、僕は、さらに憤りを感じていた。普通さー、地方の水族館って、どうせなにもないんだから300円ぐらいが相場じゃねーのか?とかなんとかぶちぶち言いながら。

 当たり前に、水族館を見て歩く。これがサバですね・・・・。てっきりサバってのは切り身で泳いでいるのかと思っていた、などど今時の主婦みたいな感想はさすがに思い浮かばなかったが、一言で言えば、「おさかなが泳いでますね」以外の何物でもなかった。

ふと、見ると、「○○時からイルカショー」と書いてあった。別に急ぎの用事もないし、どうもこいつがココの売りであるらしかったので、とりあえず、押さえるところは押さえておいた方が無難だろうぐらいの感じでみることにした。

 お決まりの円形ガラス水槽を囲むように、すり鉢状に客席が設けられたそれは、はいはいテレビで見たことありますよ、ってな感じの見慣れた設備であった。回りを見渡すと、小さい子供連れのお母さんと思しき連中がほとんどで、学校をサボった大学生であろうか、若いカップルが1組、上の方で座って弁当を食っていた。

 内容はと言えば、いわゆるイルカのシンクロナイズドスイミングだの、玉入れだの輪投げだのの、これまた定番芸。それなりにスゴイスゴイとは思うものの、どうせ、パブロフの犬の条件付けと同じ原理でやってるだけだろう、とか、こんなのオリビア・ニュートンジョンが見たら怒るぞ、とかさしたる感動があったわけではなかった(ちょっと古すぎるか?)。

イルカショーも終わり、さてどうするかと思案していた我々だが、この施設には軽食喫茶があることを発見して、ちょいと飯でも食おうかということになった。この喫茶店はちょうど円形水槽を下から眺められる地下に作ってあって、コーヒーをすすりながら、イルカ達が泳ぐ姿を見れるようになっていた。

 僕らは水槽の横に陣取って、ショーの疲れをものともせず泳ぎ回るイルカ達を横目に眺めながら、今回の学会の発表で面白かった発表の議論などをしていた。

 その時、イルカショーではおちゃめキャラで売っている、ゴンドウイルカのゴンちゃん(そのまんまやんけーと言ってはいけない(笑))が我々に近づいてきた、彼(彼女?)は真っ直ぐに僕らの方に向かってきながら、ガラスにぶつかるか否かという瞬間に、そのまま垂直に泳いでいったのだった。僕は不覚にも歓声を上げ、瞬間、なんともいい知れない感動を覚えた。何故か胸が苦しくなり、目頭が熱くなっていくのを感じたのだった。これを、一時的な心虚血状態がもたらした血圧の亢進である、などと説明しても面白くもなんともないのだが、何故だか僕はその瞬間、イルカに心を持って行かれたのである。

 これがもしかして恋?んなわきゃぁねーのだが、一目惚れってこんなカンジで襲ってくるのかしらん?と思えるほどの衝撃が走ったのだった。因みに、衝撃は走るものであって、やっぱ歩きはしないよな。「衝撃が歩く」・・・なんか堂々としているな。・・・・それから僕は、話もそっちのけでしばし彼らの挙動を追っかけていた。

 僕は言葉を求めていた。この意味不明の感動が湧き起こる原因を突き止める言葉を捜していた。そのキーポイントは、どうも「垂直」と「重力」にありそうだった。

 僕らは歩く生き物である。生まれ落ちて寝返りもままならない状態から、四つ足ではいはいするようになり、やがてその二本の足で大地を踏み締めながらよたよた歩き、やがては走り回れるようになっていく。そのプロセスというのは、精神分析の立場から言えば、羊水の中に漬かっていた時代の全能感、世界はすべて自分の手の中と意の中にあるという全知全能感から生まれ落ちることによって突きつけられる、全き自己不全感、歩くことも自分の空腹を満足させることもできない何も出来ない私という状態から脱却し、改めてその足と手で世界を掴み取って行くプロセスに他ならない。在り得べき理想の自己を取り戻す作業。それこそが、我々が生きていく根本的動機ではないのだろうか?

 さて、この歩くという行為を物理的な面から見た場合、一言で言えば、重力からの解放である。ヒトいや動物一般は、この重力に逆らって、自らの存在を有らしめる。重力に負けた時、それはすなわち死を意味する。生きるとは、言い換えれば、重力に逆らうこと、と言っても過言ではないだろう。

 ヒトは、だからこそ、高いビルを作っては重力に逆らい、飛行機を作って重力に逆らい、ブブカは重力に逆らって棒高飛びをする。

 しかし、どんなに人間のテクノロジーが進んだとしても、重力を意のままに操ることは出来ない。ブブカに、棒の頂点に達した時に、「はい、そこから10センチ右に動いてください」と言ったところで、ブブカは二次曲線を描いて落下するだけである。高いビルに登っても、我々の移動は、やはり平行移動でしかないのだ。飛行機に乗ったとしても、やはり操縦管は握らせてはくれない。重力に逆らって、さらに垂直方向に自由に移動できる能力とは、ヒトにとって見果てぬ夢なのかも知れない。

 そこで、イルカである。イルカは、重力に逆らうと言うよりも、重力と戯れることを許された個体である。もちろん、水中での移動であるから、正確には重力に逆らっているわけではないが、人間のいかんともし難い平面からの呪縛を感じることなく、立体的=3次元的に動く姿は、はるかに人間の移動の限界を質的に打ち破っていると言えよう。そこには空間認知における絶対的視座の違い、天使の視点とも呼べる、垂直方向の視点を獲得している。

 何故僕がイルカに感動したのか?それはきっと、彼らが僕らが生まれながらにして背負わされている限界、それはすなわち堕天使ルシファーの故郷、天界への視点を獲得できない自らの絶対的不自由からの解放を彼らに仮託しての感動であったのであろう。あんな風に生きられたらどんなに自由なことだろう、という心の底の叫びだったのかもしれない。

 帰りは船で帰ろうと言うことになって、僕らは船着き場に行った、そこで、孫3人に囲まれた知人のおばさんに偶然にも声をかけられた。偶然に感謝しつつ、彼女は言った。「ネクタイした男二人で、あんた達も寂しいねぇ」。見渡すと、どう見ても場違いなスーツ姿の僕ら二人が佇んでいた。確かに、平日のレジャースポットには似つかわしくないよな。イルカのように自由になりたいと思った春のことであった。

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