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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

2002年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2003年01月

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Essay | 夫婦と地方の活性化

 高校時代の同級生から久しぶりに電話があった。彼は保険屋なのだが、最近、友達と独立して会社を設立していろいろと仕事が大変らしいのだが、それよりも何よりもプライベートの借金が500万円ぐらいに嵩んでいるそうな。カードにカードを回して自転車操業状態。6年ぐらい前にも似たような状態が起こって、保険を解約したりしてなんとか立て直したのだが、また同じコトをやっている。やれやれである。

 5年ぐらい前に奥さんの浮気事件で裁判やらなんやらあったのだが(この対応自体もなんだかなぁであるが・・・)、結局復縁して、程なくして長女が生まれた。先日、長女の幼稚園のお遊戯会に参加して、子供の成長の早さに驚くとともに、今の自分が情けなくて涙が止らなかったそうな。ま、完全に鬱状態ですね(笑)。

 で、当然奥さんとの仲は、どんよりと心が通じ合う状態ではなく、薄々と借金のことには気がついていても、お互いそれには触れられない状態。月収は50万ぐらいあるらしいから贅沢な悩みではあるのだが、家計費に20万を渡し、残りの30万でマンションのローン、光熱費、電話代、借金の返済をしているそうな。借金とマンションのローンだけで20万を超えるらしい。

 借金は各種カードであるからして、当然金利は年15~25%と高利である。そんなこと百も承知で借りたわけであるから同情は無用なのだが、落ち込んでいる状態とは言え、子供の姿に申し訳なくて涙する姿に、他人事ながら一縷の良心が見えないわけでもない。

 善良であるが、自らの業に気付かず、右往左往する愚か者。と言った所か・・・。

 借金の処理に対するアドバイスは、表でも裏でもいろいろとアイデアはあるが、やはりこれはチャンスではないかと僕は思った。本来の夫婦のあるべき状態に修正するチャンスと。

 そもそも、個人的借金がここまで増えていくのは、欲の無自覚な撥露に他ならない。虚栄心、恐怖心、享楽的志向・・・・。快楽を追求して人生を楽しむコトに異論を挟むつもりはないが、楽しみ方があまりにもステロタイプな消費の連続(つまりは、ブランド物に拘るとか、おしゃれなマンションを所有するとか、外車に乗るとか、高性能のAV機器を購入するだとか)であるのは、あまりにもヒトとしてレベルが低いと思うのだが。

 ハイソなカトリックの幼稚園に通わせるのも良かろうし、ベビーピンクハウスの高っかい服を着せて悦に入るのも良かろう。その為には金が掛かるというのも、なるほど事実ではある。ご近所の手前汚い格好で公園デビューはできない気持ちもわからないではない。

 んがしかし、その果てに首が回らなくなるのは如何なものか。しかも2度目。何よりも一番近しくあるべき夫婦において、それが共通の課題、あるいは危機として共有できないというのは、この夫婦の在り様がまま事以外の何物でもなかったという証左である。これが、子供も無く、30前後の二人であったならば、「とっととリセットしちゃえば?」の一言で済むのだが、子供に罪はない。可能であるならば、子はかすがいと言うつもりはないが、(僕が考える)理想に近い夫婦像に戻るのが第一選択であろう。

 結婚して10年。割れ鍋にとじ蓋の二人であるから、なるべくしてこうなったのだが、しかし、人間変われない訳ではない。朝露が1枚の葉から落ちる姿を見て悟った僧侶がいるように、ふとしたきっかけで人生の真理を一瞬にして掴む事もありうる。

 僕は彼に「これはチャンスだから、誠意を尽くして相談してみたらどうか?」とアドバイスした。光熱、通信費、マンションのローンを除いて、20万の家計費ははっきり言ってやりすぎでもあるし。多分この話を持ち出せば修羅場は避けられないだろう。百万回の罵倒と言い訳が奥さんから繰り出されるのは容易に想像できる。そんな女だし(笑)。決裂しても構わないとも思っている。大事なことは、夫婦二人が敵対関係になるのではなく、協力して敵を外に作るきっかけになるかどうかだ。

 僕が人生の師と仰ぐ福岡のおばさんにこう言われた事がある。「夫婦は、お互いが親友になったほうが、何かと得よ」と。何でも相談できる親友が一番近くにいるほうが、人生は楽になるし、楽しいし、無駄がない、と。名言であると僕は思う。自戒の念を込めて告白すれば、小さな会社(に限らないのだが)をやっていると、悉く内輪もめが起こる。顧客やライバルとの確執よりも内部(家族を含む)での確執のほうが心理的にも物理的にも、頻度もインパクトも強く起こる。接触頻度が多いので当然ではあるのだが、だからこそこの言葉に痛く納得する。そうだよねーと。目標とは実現できないから掲げられるものであるし。

 話が逸れてしまった。子供はおしゃれな服も、美味しいお菓子も好きだ。しかし、もっと好きなものは、自分が一番愛する(愛さざるを得ない)両親が仲良く、そして自分をコミュニケーションの中で愛してくれることだと思う。それは収入の多寡や、高級デパートの包装紙に包まれていなくてもちょっとした心がけで実現可能なものだと思う。それが難しいからこれだけ離婚が増えるのでもあるのだが。

 これは何も夫婦関係や社内の人間関係だけに限らない。地方の活性化についても同様のことが言える。どんなに予算を浪費して高級なハードを作ったとしても、ソフトが楽しくなければ人生は暗い。熊本県民の平均年収は280万円ぐらいだが、全国で下から数えたほうが早い位置にある年収であれ、そこに住む人の幸福とは無関係である。統計と幸福は全くの無関係であるのだが、ついつい数字に振り回されて一喜一憂するのも我々の悲しい性でもある。

 私たちの幸せにとって、何がプライオリティ(優先順位)が高いものか?それの的確な判断が求められる時代になった。何がツールで、何が目的かを冷静に見つめ直す必要がある。難しい時代になったとも言われるが、僕は本来の人間のあるべき姿をようやく模索し始めたのだと思う。そしてこれは多分、ヒトがこの世に生れ落ちて以来変わらぬ、一番優先順位の高い永遠の課題なのではないだろうか。

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