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Essay | 北朝鮮拉致被害者に思う

先週は一日中拉致被害者の特番やらインタビューを見ていた。う~む涙涙である。もう号泣。なんでこんなに泣けるんだろうっちゅーぐらいですな。帰国した被害者5人の最年少(だけど一番おばさんに見える)曾我ひとみさんは年齢が43歳。僕とそんなに変わらない年齢である。

亡くなったとされる横田めぐみさん(あのいつも記者会見に出てくる人の良さげなお父さんとお母さんの娘)に至っては1964年10月5日生まれと、僕よりたった1日お姉さんの同級生である。横田さんは中学生の時に拉致られて(今風の表現です(笑))、1993年29歳のときに死亡したとされている。

1993年つまり平成5年。僕も当然29歳で、この人吉の山の上に越して来たばっかりで、あれから丸9年この山の上で過ごしてきた。あなたはそのときどこで何をしていましたか?

今回、幸いにも一時帰国を果たした人々は、いずれも19~25歳ぐらいで拉致されて、その後24年間北朝鮮で生き抜いてきたことになる。つまり、日本で過ごした期間と同等あるいはそれ以上の期間を北朝鮮で過ごしたことになる。「家族を含めた全員の早期帰国を!」とマスコミではしきりに叫びつづけているが、果たして本人にとってそれは幸せを意味するのだろうか?

僕は社会党や往時の朝日新聞のように北朝鮮を好きでもないし、拉致そのものを肯定するわけではないが、ただ単純に、もし自分が、いままで生きてきた時間以上の時間を別の空間で生きた場合、元の場所に戻る事を選択するのだろうか?と自問するのである。

僕の人生は(と、いきなり大上段な話で申し訳ないが)至る所青山あり、という気概を持ちつづけていないと、ちっとばかし耐えられないものであった(あくまでも僕なりになので、実は大したことないんだけどね(笑))。本来僕は、典型的農耕民族性格で(といってもあんまり動くことを好まないという程度の話であるが・・・)、出来うるならば一所に留まって、ちまちまと細やかな幸せを紡いでいきたいと思っているのだが、実際はジェットコースターのような人生で、例えば、一所懸命積み上げた砂山をいじめっこに崩されて、また積み上げてっていうカンジ。あっというまの38年であった。ここ数年いいかげん疲れ始めているのだが・・・。

何の話かわからなくなってきたが(笑)、そういう僕にとって人生は理不尽であり、そして、それでも僕は生きることを選択する(しなければならない?)わけであって、だからこそ今こうして駄文を書き連ねて、これを読んでいる皆さんのお目汚しもできるわけである。(何が言いたいのかわからなくなってきたな、わはは)

でだ、理不尽な人生をサバイバルしてきた(あるいは、そう誤認している)自我にとって、直近の人生というのは、ある意味で自分のありかの土台であって、あでやおろそかに手放すことは結構難しいのではないのかな?とつくづく思うわけである。

この感覚は、固着あるいは執着と言ってもよいのだろうが、そういう如何ともし難いものこそが所詮サルに毛の生えた人間なる生き物(ん?おサルさんに失礼かな?)の脆弱さであり、愛すべき所なのかもしれない。立川談志風に言うと「(女の)業だぁ!」ってところか?

今般の拉致被害者の皆さんにとっても、拉致そのものは理不尽以外の何物でもないわけだし、できるならばそんな目に遭いたくなかっただろうが、それでもなお24年の歳月を彼の地で生き延びるためには、何らかの自我の質的転換を決断しなければならなかったことであろう。それは「故郷っていいでしょ?」「北朝鮮ってひどいでしょ?」ってな、牧歌的でステロタイプな問いかけとは、百万光年ぐらい離れたものであると思うのだ。

「じゃ、どーすんのよ?」と聞かれると、ハタと困ってしまうのだが、連日の報道を見るにつけ、な~んか違うんだよなぁという違和感はやはり拭えないのであった。

んで閑話休題。ところで、今回の一件は個人あるいは実存としての理不尽さもさることながら、非常に興味深い問題を提示している。彼らの国籍はあくまでも日本であり、北朝鮮が拉致=犯罪を認めたのだから、刑法上の犯罪被害者である。多分このあたりに抵触するんだろうけど・・・

刑法第三十三章 略取及び誘拐の罪

第二百二十六条【 国外移送目的略取等 】

第一項 日本国外に移送する目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、二年以上の有期懲役に処する。

第二項 第二項 日本国外に移送する目的で人を売買し、又は略取され、誘拐され、若しくは売買された者を日本国外に移送した者も、前項と同様とする。

ちなみに、誘拐罪は時効が7年らしいのだが、国外逃亡中の場合、時効が停止するので現在も時効は成立していないと考えられる。今回の一時帰国については、そもそも誘拐実行犯の親玉(幇助?)である、北朝鮮国家そのものも刑事上の被告にあたる(国家は被告にならないかな?)わけで、 いくら子供という人質を取られていようと、本人が帰国を希望しようと、証拠の保全と被害者=証人の保全のためにも北朝鮮に再入国させることは許してはならないのではないのだろうか?

ところがこれを根拠に被害者の皆さんを国内に留めた場合、これはこれで人権を無視した国家権力による自由の剥奪(ある種の監禁?)にもなるわけで、左寄りの人権派弁護士あたりが、「彼らを子供たちのいる場所へ帰せ~」などと街頭で署名運動をやったりなんかしたら、ワケがわかんなくなってきますね(笑)。ま、そんなことは起らないだろうけど・・・。

ついでながら、彼の地で生まれた子供たちの国籍は一体どうなるのだろう?どうも出生届を出したようなので日本国民として認知されるようだが、本来的には、彼の地で出生し、日本国籍留保の届け出がされていないから、日本国籍放棄とみなされるので、日本国籍を有しない北朝鮮国籍というのが本筋である。拉致られたけれども北朝鮮の子供として育てられ、多分特別措置だろうけど、日本人に急になる中学~大学生の拉致2世(?)の子供たち。これまた、よくわからない状態である。

これまた、地と図が転換するような、心理学のテキストで良くでてくる、二人の人が向き合っているようにも見えるし、壷にも見えるというルビンの壷という騙し絵のような雰囲気である。ホントわけわからん。

法律は点を争う非常に限定された営みだと思う。たかが法律でさえこうなのだから、ましてや被害者、あるいはその子供たちの心理や今後を考えると、やっぱ涙なくしては見ていられない。僕ならば・・・不謹慎であるが、死んだほうがマシと考えるかもしれない。24年という歳月を巻き戻すのは(ホントは巻き戻すわけではないが)・・・・僕にはとても辛い作業だと予想されるからだ。

いかん・・・落ち込んだ時の文章はやはり暗い結末に行くのぉ(笑)。ま、今日の今の気分なんで、明日にはきっと違うこと言ってますからね、あんまり皆さん真剣に読まないでね。

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