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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Book | 回思九十年

最近眠る前に読んでいる一冊。

私は、たまたま高校時代に書道に出会った。というよりも、当時、登校拒否児だった私を書道の先生が救ってくれて、ちょっとだけ書道を噛った。爾来、筆は握ることはなくとも、文字というものに、少なからぬ興味を持ち続けてきた。かといって、特段多くの書物を逍遥したというわけでもなく、ただ少しばかり漢字の近くにいたというに過ぎぬ。

と、ついつい、筆も堅めになりそうな本書である。

回思九十年 (平凡社ライブラリー)回思九十年 (平凡社ライブラリー)
(2011/03/15)
白川 静

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いやー、いつ読んでもスゴイわ。この先生。
昔はこういう薫りのする学者がキャンパス内、もとい学内を歩いていたのだろうなぁ。ついつい、キャンパスという言葉を使ってしまうほど、今の大学は学問の香りがしませんね。敷地の広い、公園つき専門学校みたいだもんな。中には、ビルになって、公園すら付いていない大学も都内にはあるようだが。

私が敬愛する(このフレーズも多用しすぎですね、私)、白川静先生の対談集である。先生の御本は、なかなか読み手を選ぶというか、古い本のフレーズなんかは、ルビがないと読めないものもあって、実は文章の3割程度しか読みきれていないのだけど、対談集では、それが少しだけ軽減されて、上質な読み物になっております。

にしても、先生が一般書を書いたのは、60過ぎだかで、それまでひたすらに種を撒き、肥料をやり、と、自分にインプットをし続けて、その結果、まるでタンポポの種がはじけるように、一般書を書きはじめたのだそうだ(もちろん専門論文は書いていたそうだが)。
本を書くという行為の後ろにある、膨大な知識と思索の結果としての書物という、古きよき時代の出版文化の深さと重さが伝わってくるエピソードである。

それよりも何よりも、人生を折り返して定年を迎えるころになって、ようやく一般デビューというその遅咲きぶり(今の感覚からすればだけどね)に、ちょっと人生に疲れはじめたきのこやに勇気を与えていただきました。願わくば、先生のようにはいかないまでも、私もまだまだこれからと、頑張ってみたい今日この頃です。
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