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Diary | だんしがしんだ

もうすでにご案内のとおり、去る11月21日、立川流家元、立川談志が死んだ。
訃報を知らせる新聞には、生前から本人が口にしていた「談志が死んだ」と一面に書かれていた。

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※ネットより無断拝借

本望だろうなぁ。おまけに戒名は「立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」。これを本気で採用した遺族もエラいねぇ。死去報道でしめやかに番組を進めたいテレビ局サイドとしては、取り扱いに苦慮しただろうなぁ。てか、さりげに無視だったな。これだから、ステロタイプなマスコミは洒落が通じないんだよな。
そもそも芸人なんてのは、笑かしてナンボ、笑われてナンボでしょ。最期までブラックな笑いを残していった談志が一枚も二枚も器が上だったな。全くもってカッコいいよ。

ところで、亡くなる数日前だかに、病床で話せない談志に電話口で「談志、お前もそろそろくたばるんだろ? ざまあみろ、この野郎」と言った石原慎太郎。見直したねわたしは都知事を。なんちゅーか、予定調和というか、お約束でお茶を濁す日本人(私も含めて)が多い中、なかなかこのセリフは死に行く人間に言えない。

思えば、私が談志を知ったのは、多分大学生の時だな。友人に落研のやつがいて、確か立川流のCコースだかに入っていたんじゃなかったかな。そいつの誘いで一人会を聞きに国立演芸場だかに行ったのがきっかけだ。確か初めて聞く落語だったかな。以来、別に落語を沢山きいたわけではないのだが、なんか談志の生き様が妙に私の人生観にフィットしたんだよな。マレビトのようなというか、タイコ持ちみたいなというか。笑いで包みながら、反体制を標榜するところとか。談志が反体制であったとは思わないが(なんせ自民党だしw)、なんちゅーか、その常識を疑う姿勢が、当時の私にはインパクトがあったね。.一時はしゃべりまで談志のマネみたいになってたし。
そういえば、腕を組むクセを嫁によく怒られるんだが、それなんかも、もしかしたら談志のしぐさの影響かもしれない。私は仕事がないときはほとんど髭を剃らないので、無精ひげ姿が結構多くて、これまた嫁に嫌がられる部分なんだが、これも実は、内心、談志みたいだな、と自分的には嬉しがっていたりもするのだ。

談志を最期に(というか2回目)に聞いたのは、確か2003年ぐらいかな。八代のお寺に投げ銭で来るってんで、人吉から車を飛ばして聞きにいったな。もう生で聞けないっちゅーのはちょっと寂しいね。ま、生きてても、聞くチャンスは少なかったと思うけど。

さて、一寝入りして、明日から出稼ぎですわ。今年最期のお勤め。今夜は横浜でクリパですw。

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