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Diary | 人生の最終章

「私の人生の最終章・・・」そこで老人は声を詰まらせた。

北朝鮮拉致被害者の曾我ひとみさんの家族が佐渡へ移住した記者会見を見た。あまりニュースに興味がない僕でも何故かこのニュースには以前から注視している。

以前の日記はココ、http://d.hatena.ne.jp/kinokoya/200210

それは、この事件の悲劇性もさることながら、限界ギリギリの状況で浮き彫りにされる、生きることの意味が、極めて原初的な形で僕に語りかけてくるからではないだろうか。で、今回は家族について考えてみた。

曾我さんとジェンキンスさんは、1980年に結婚したとされる。曾我さん21歳、ジェンキンスさん40歳、曾我さんが拉致されて2年後のことである。

http://www.kantei.go.jp/k/houkoku/mm/2002/10/m02_1j.html

曾我さん嬉しかっただろうか?佐渡の田舎で育った小娘が、外人、しかも20歳も年上のオヤジと半ば無理やり結婚させられたわけだ。「結婚式まで相手の顔を見たこともなかった」って話は、昭和ヒト桁世代の話ならわかるが、曾我さんは昭和34年生まれ。僕とほぼ同世代なので、いくらなんでもありえない。結婚は恋愛結婚がデフォルト、「愛がなくっちゃ結婚できるわけないじゃん?」って世代だ。

少なくとも、新婚でラブラブ~ってことはなかっただろうな、と容易に想像できる。淡々とあるいは悲しみに彩られた人生のスタートだったのだろうか。拉致されてわずか2年後のことでもあるし。そして二人の娘を産み、育てた。

独身の僕が言うのもなんだが、いや独身だからこそ考えるのかもしれないが、結婚とは一体何だろうか。僕は一応生物学の研究者でもあるので、かねてから、DNAの複製をすることがあらゆる生物に共通な(ミニマムの)生きる目的である、と主張している。微生物から植物、高等生物に至るまで、例外なく共通するのはDNAを複製して次の世代を作ることだからだ。ま、DNAの複製なんつーのは犬猫にもできることだし、もしかしたらどっかで僕も知らないうちに複製していたりするのかもしれないが(笑)、これを核にその他の副次的なものを巻きつけているのが人生であろうとは思っている。だから、結婚とはDNAを複製することがスタートの目的であるはずなのである。

そう考えると、いやそう考えないと、この曾我&ジェンキンスさん夫婦の問題は悲しみが倍増するばかりであるように僕には思える。きっかけに、近代的な意味での「愛」や「恋愛」は多分なかったであろう。偶然というかめぐり合わせというか、ただそれだけがきっかけであったのではないだろうか。

しかし、だからと言って、曾我さんの家族が不幸な家族なのだろうか。むしろ、家族の絆という点において、家族の意味の強度の点において、置かれた状況は過酷ではあるかもしれないが、この日本のどこの家族よりも幸せなのかもしれない。それを支えているもの。それが僕には、曾我さんの「家族を維持する意志」であるように思えてならない。

現在日本の夫婦は半分が離婚していると言われている。代替不可能な(はずの)愛に支えられて結ばれた夫婦が、早々に破綻する事実を前に、僕は「愛」原理そのものを疑っている。結婚を、家族を維持するのは(狭義の)「愛」ではなく、「意志」に思えて仕方がない。

「結婚したいのぉ~」という若い男女に僕は言う。「見合いしろ!」と。そうすると、「よく分からない相手となんか結婚できない」だの「恋愛結婚じゃないとカッコ悪い」だのといいやがる。バカか、と。サルか、と。いや、サルに悪い(笑)。アホか、と。「愛」なんて浮ついた、しかも新参モノ(恐らく100年程度の歴史しかない)の概念に振り回されている自分を鏡で見たことがあるのか。

きっかけなんてどうでも良い。大事なことは、続ける意志だ。積み上げていく喜びを感じられる感性だ。そもそも、オマエたちの両親が、まごうことなき愛に支えられて、オマエを生んだ保証がどこにある?ナンパした一夜のセックスで妊娠し、できちゃった結婚で生まれた子供は不幸だとでもいうのか。ゼイゼイ。(あ、どんどんズレてる(笑))

仕事が続かない若者が増えているという。ことさらに若者を揶揄し、社会問題として取りざたされている。しかし、結婚が続かない大人たちはどうなのか。同じ穴のムジナではないのか。それを支えるイデオロギーこそ、「愛」に象徴される、個人の気持ちというある種のミーイズムではないかと思うのだ。

あー、書いていて何が言いたいのかわからなくなってきた(笑)。要するにだ、結婚なんてものはきっかけはどんなモンでも良い、大事なのは続ける意志である、ってことかな。なんか、尻切れトンボで申し訳ない。

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