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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Diary | 表出

誰しもいたわって欲しいと願う。誰しもねぎらって欲しいと願う。しかし、その気持を相手に露に吐き出して人に請うことがあろうか?甘えることに長けた商売女(男)以外にそれを出来る人間は少ない。このブログの俺ぐらいのもんだ(笑)。

たとえ口に出さなくとも、ヒトはいたわりを求める。それが極限にあればあっただけ、それへの願いは高まる。その気持を忖度し阿吽の呼吸で言葉を選択するのが大人というものだろう。

しかし、現実は己の辛さにばかり気を取られ、その窮状を吐き出すことに専念する。その言葉を相手がどのくらいのダメージで受け取るかを考えもせず。相手も自分以上に打ちのめされ、ギリギリの状態で生を紡いでいることを想像したことがあるのだろうか。

ある弱音を吐かない男が「死んでお詫びをする」と席を立った。場内騒然。皆が男をたしなめる中、一方で正当な主張と言う名の、自己の感情を表出する者が。

その言葉を吐く事で何を求めるというのだろうか。一時的な自己の打ちひしがれた感情の慰撫の何物でもない。それはそれで正当な場もあろう。必要な時もあろう。が、しかし、この場でその言葉を吐くことによって、その言葉によってその男追い詰めた結果が何を招くというのだろう。解決に向かうと思うのだろうか。いや、本人はそう思っているらしいのだが。

ヒトは弱い生き物である。しかし、弱った時にこそ、最低限のやさしさを保つ強さを持たねばならない。それが家族ではないのか。

すべては4/11に集約されるのだろうか。いつまでたっても気が休まる時がないのぁ。

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