Dr.KINOKOYA Laboratory since 2004

サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサー広告 | スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

Diary | やっぱり

なーんか不穏な空気。トップの不安は、全てに伝染する。

泥中の蓮などと言ってはみるものの、他者の気分や空気に伝染せずに孤高かつ適切にモチベーションを維持するのは難しい。

そういう自分はどうなんだ?と一人自問自答する。

確かに、与えられた権限と能力でやれるだけのことをやっているけど、手を抜いているのは否めない。

ヒトは、いや微生物から高等生物に至るまで、生き物は環境に適応するものである。その環境を整備する仕事はワタシの仕事ではあるのだろうけど、ちと荷が重い気もする。

文句が絶えない現場に、明るく振舞い、本人の意見を聞きつつ、なんとか動いてもらおうと焚きつけて、励ます。上からガツンと言いたいけれども、いろいろと後ろめたい事もあり、言葉は濁る。やがて、見て見ぬふり、あれができたら、と条件志向で先送り。

あっちの糸と、こっちの糸とが絡まり、どこからほぐせばいいのやら。

最近、やっと「私はしりませんよ」と言える様になったものの、だからこそ、悪くなったのかもとか考えると、さて、自分は一体どうすればいいのだろうか?今から何ができるのだろうか?と、八方ふさがり感に苛まれる。

今日はお勤めの日、すっかり忘れていて、慌てて飛び出したが、そもそもこのお勤めは、誰のためにやっているのだろうか?いや、遠まわりには自分のためなのだが、それよりちょっと近くには、周りの人々のためでもある。

キミのために・・・。

なんてーセリフは恋愛ではよくあることだが、私はこれが苦手だ。それを許してしまうと、今までの人生全てを、誰にささげたのかが気になって眠れなくなる。

すべては自分のため。

こうやって自分に言い聞かせているのかもしれない。だからこそ、泥中の蓮が私には悲壮に輝くのだろう。

自立は青年期の重要なテーマであるが、自立を希求しつつ、自律できていないのは、根がパッシブだからなのか。自分の中が空だからなのか。

明日は会議だそうな。

もしかすると、打開点になるかもしれない会議だが、しかし、朝令暮改のようなコロコロと変わる話に私は少々ついていけない気分が芽生えはじめている。折り合いをつけるべきか、投げ出すべきか。

決定的に欠けているのは、スケジュール管理だ。どこまでにカタをつけるべきか?それが示されないし、見えない。もちろん、自分でも設定できない。

90年代、「終わらない日常」というコトバが一部で流行ったが、日常とは、安定の上にある。安定して、初めて日常となるわけで、不安定な日常は、日常とは思えないような気がする。

昨日、5000万の借金を背負って、35歳で倒産した男のドキュメンタリーを放送していたが、彼の生活は、借金はあるものの、ある意味で日常化していた。それは債権が確定したからだ。もう増えない、あとはただただ働いて返すだけ、というのはある意味で安定だ。

今、投げ出せば、一応借金は確定する。2億6000万円だけど(笑)。ええ、20歳から一生働いても普通は返せない金額ですわ。いや、逃げればというか、ケツをまくれば、実は自分にはかかってこない借金なので、腹をくくれば笑ってすごせる程度ではある。だから、こんなにのんびりしているのかもしれないね。

と、ぐるぐると先送り先送りしながら取り留めない事を考える私の日常である。

ヘンな安定感(笑)。

ものもらいもあいかわらず、循環しています。そのうち、バターにでもなってくれると、それはそれで楽しいのだが。

スポンサーサイト

| Diary | 23:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://cj01.blog95.fc2.com/tb.php/748-d2898f43

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。