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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Book | 心神喪失

 正月早々、皆さんに笑いを提供してしまう境遇のきのこやです。

意外にもウケてしまって、少々?なわけですが、それもしょうがありません。

そういや、もう一人いつも世話になっているねーさんの娘に子供が生まれました。しかし、去年から今年にかけて生まれた子供たちはみんな男の子ばっかです。みんなまじめな旦那なんだね。

あ、きのこや男の子の父は、まじめで浮気しないと頑なに信じています(笑)。理由はどっかで昔書いたと思うので書きませんけど。

 さて、世間では正月早々、事件です。

歯医者夫婦の次男が妹である長女をバラバラ殺人したそうです。なんでも3浪だったとか。ええ、きのこやも3浪ですから激しく感情移入しております。といっても、ワタクシの場合、親が高学歴とかそういうのはなかったのですが。

 ニュースによりますと、女優の卵である短大生の妹が「夢がない」だの「勉強しても無駄」などと詰ったことに対する怒りから犯行に及んだとのことですが。なんでも、妹は援助交際などをしていただの、嫌な物は嫌という激しい性格だったとか(2ちゃん情報w)。てなわけで、条件反射的に殺されたほうにも原因がある、というイジメと似た感想を抱きがちになってしまいます。

 がしかし、彼女の書いたブログが一つだけキャッシュに残っており、それを見てみますと、おぼろげながら親の理不尽な育て方が見え隠れします。いや、内容はクリスマスプレゼントを巡る他愛のないものですが、少なくとも彼女の目には、自分が兄たちに比較して、ワリを食っているという実感があったようで、それが兄弟に対する態度にも表れていたようです。援助交際の件が事実であれば、そのあたりにも遠因がありそうです。

 要するに「世間(世界)ってやつは、意に反して理不尽で信頼に値しない=そういう自分も信頼できない」てな漠たるイメージを持っていたのではないのかなぁ、と。そうは言うものの(だからこそかな?)、一方で自尊を求める欲求も強いわけで、自己顕示的な女優という「夢」も教科書的ではあります。

 ところで、今この本を読んでいます。年末、Amazonで2万円ほど本を衝動買いしてしまいまして・・・。


そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

  • 作者: 日垣隆
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫

これ、以前より度々書いております「触法精神病者」の問題を扱ったものです。確か絶版になっていたのですが、昨年、文庫で再発されたものです。正確には、精神病者そのものではなく、刑法39条の「心神喪失・心神耗弱」規定の撤廃を論じたものです。

 例えば、統合失調症の患者が殺人をしても起訴されない。あるいは、起訴されても刑が減軽される(減刑でないところに注意)不条理を書いております。さらには、へろへろになった麻薬患者、べろべろに酔っ払った前科持ちの犯人にも適用されている実態を書いたものです。

 うむ、激しく理不尽。

 で、その触法精神病者の事例で、騒音殺人をしてしまった犯人のことにも触れておりました。以前住んでいたアパートで、神経質な隣人から「音がうるさい」と怒鳴り込まれて以来、自分の出す音、他人の出す音に敏感になってしまいます。で、引越し先で、階下の娘のピアノの練習音がうるさくて、何度か注意したものの改善することがなく、自衛手段として、両者で合意した早朝の練習時間には外に出て、気を紛らわす行動をしていた犯人に対して、たまたま、ちょっと早くピアノの練習をしたものだから、そのことにブチ切れて一家を殺害したというものです。確か判決は、心神喪失で無罪だか、心神耗弱で減軽されたんですけどね。

 で、もちろん筆者は、犯人には一切の同情もしていないのですが、きのこやは、これ結構同情してしまいました。何度か書いたかもしれませんが、ワタクシ、日常は、そっとそっと息を潜めて生きているという実感があります。いや、客観的に見れば、結構傍若無人な言動もするし、結構鬼畜なこともしているのですが、それでもなお、自意識の中では「息を潜めている」という実感があるのですよ。換言すると「ビクビクして生きている」と言っていいかもしれません。常に、何かに、漠たる何かに怯えているような。どうして?と問われてもしょうがない、そうなんだから(笑)。ま、意識と実態は、必ずしも、いやいや、往々にして乖離しているというのがヒトという生き物なのでしょう。アナタの見ているアナタと、私の見ているアナタは同じとは限らない、いや、違っていることこそが事実である、てなところか。

 さてさて、この犯人、供述調書で概略次のように述べています。「こっちは必死に我慢して、ひっそりと生きているのに、なんであいつらは、あんなにわがままに生きているんだ!」と。

 わかるなぁ、この気持ち。多分、新橋の一杯飲み屋で出会ったら、意気投合してもう一軒行っちゃうよ(笑)。この「なんで俺だけが!?」という感覚は、引いてみてみれば、子供っぽいひねくれた、ねたみそねみの感覚ではあるのだが、結構比率的には、多い心性ではないのかなぁ?まるで自分だけが悲劇のヒロインのような感覚。つまり、世間を信じていないわりには、世間を信じたくて、自分をもっと丁重に扱って欲しくてしかたがない、という感覚。う~む、書いていて自分が恥ずかしくなるぐらい幼稚だな。ま、なんでもさらけ出すのがこのブログの真骨頂なので、この際、エエかっこしいはしないが(これも、ひねくれたエエかっこしいではあるが)。

 ま、そんな私が、歯科医の息子の事件を見ると、妹も犯人である次男も同根に見えてくるのだな。と、すると結論としては、そういう理不尽な世間(=家庭)を運営した両親に責任を転嫁したくなるのだが、最近、そこまで親を責めてもしょうがなかろうという気分もあるので、結局、やはり罪を犯した次男が第一義的に責めなければならないのだろう。

 ところで、先のピアノ殺人にしても、この妹バラバラ男にしても同情すべき点が、個人的には多々あるとしても、なお、刑法39条は削除すべきであると考えている。バラバラ予備校生も恐らくは、3浪、受験間際などなどの環境的ストレス、さらには、バラバラにした妹の内臓だけ取り分けて保管していた(らしい)という猟奇的な側面から、弁護側は心神喪失を主張してくるだろう。恐らくはご両親も、我が娘を殺したとは言え、犯人が息子であるので、刑の減軽を嘆願するだろうし。というわけで、39条がらみの事件になるのではないかと思う。にもかかわらず、心神喪失規定の39条の削除を求めるのは、筆者である日垣も指摘している通り、仮に、ストレスなどの要因が絡んでいたとしても、それはいわゆる情状酌量(66条酌量減軽)によって運用上は問題がないからだ。このあたりは、筆者に全く同意である。

 で、この本を読んでいて、どうみても39条いらないじゃん?と思うのだが、実際は、40条のいん唖者規定は削除されたものの、それとほぼ同じ理由で立法されたと思われる心神喪失規定は堅持されている。筆者によれば、日弁連が頑なに拒んでいるそうだ。世間の裏側に疎いきのこやにとってみれば、共○党系である日弁連、すなわち民衆・大衆の味方であるはずの共産党が、どうして被害者および被害者家族の人権と被害感情よりも、加害者の人権に偏重するのかが、腑に落ちなかった。

 ま、結論には至っていないのだが、もしかすると、共○党系の奴らは、司法を含む体制に対する抵抗が主眼で、被害者感情よりも、体制反抗の強力なツールである心神喪失規定を維持することの方が優先度が高いということなのではないだろうか。つまり、個人よりも、社会の変革の方が上であるということだ。あ、よくよく考えてみれば、共産主義ってそういう社会よね?なるほど、彼らには、人権という概念は、構造的にそぐわない思想なのだね。

 

 いや~、この前から心神耗弱状態なんで、文章が冗漫になっちまった。わはは。

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