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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Foreign country | 流す

ちょっと前に読了した本について書こうと思っていた遅くなった。今、待ち時間で暇なので、書いてみる。

さっき夕飯を食いながら、NHKのニュースを見ていたら、靖国神社を参拝する国会議員の会が靖国神社を参拝したというニュースが流れた。なんか、中国でそのニュースを見るというのが、ちょっとざわざわした気分になるのだが。その映像の中で、あれはたぶん古〇誠だと思うのだが、ちょうど下を向いて歩いているシーンが映っていた。たまたまなのか、あえてなのかは、わからないが、なんとなくわざとかな?と思えた。

もうかれこれ5年にはなるかと思うが、私がインターネットに継ぐときのポータルは、ずっとグーグルだ。昨年はグーグルアースでかなり、知名度も上がったグーグルだが、そのグーグルがすごいことになっているらしい。なんでも、過去の書物を全て、PDFだかなんだかのデータにして公開するプロジェクトを進行させているらしい。もちろん、著作権とかいろんな問題はあるけれど。とにかく、ありとあらゆるデジタルデータにアクセスできるように、グーグルは画策しているらしい。たしか、You Tubeもグーグルが買ったんだったっけ?学問の世界でも、グーグル・スコラーっつーのがあって、結構な数のデジタルデータにアクセスできる。最初、英語だけだったのが、いつのまにか日本語にも対応していたし。各大学図書館も、しれっと有料データベースと一緒に、スコラーへのリンクも貼っているしね。天上天下グーグル独裁みたいなかんじ。

で、このような状況を見て、著者(本書は対談ね)の一人の、はてなの取締役もやっている人は、これからはデータの所有が無意味化すると読んでいる。例えば、You Tubeなんかは、基本的にダウンロードして所有することはできない。人気のあるコンテンツは、たとえ著作権違反であっても、削除されつつもどこかにアップされていく。一方、人気のないコンテンツは、インターネットの膨大なデータの中に埋もれていく。

自分自身で作ったデータ(文書だのエクセルだの)も、データはどんどん増えていく。最初は、大体どのへんにどのデータがあったのか把握できるのだが、これが数が増えてくると(ちなみに私はパソコン暦8年)、ハードディスクの中にデータはあっても、事実上利用されないので、存在しないのと同じよな感じになってくる。もう捨てちゃってもこまらないんじゃねーの?みたいな気分にもなってくる。

この気分の何億倍かの状況が、現にインターネットで起こっているわけだ。結局、情報が極大化すれば、マイナーな情報は、存在しないものと同義になる。なんか、現象学的認識論みたいな感じだ。あるけど、ないのと一緒。例えば、ブログの文章にしても、この3年に書き溜めた駄文は、一応はてなのサーバーに残っているものの、アクセスは、おそらく今後されない。今、書いている文章だって、定期的に巡回して読んでくれている数人の友人が読み終わったら、その生涯を事実上終えるわけだ。新聞やテレビのニュースだって、一週間後にアクセスしようとしても見れないもの多いが、これも上記の理由に近い。

そんな中で、筆者は、情報は秘匿するのではなく、積極的に出して出して出しまくって、情報の中に埋もれていくほうが、ある種のリスクヘッジみたいなもんになると言っている。特殊な事例を除き、情報の賞味期限は著しく短い。例えば、会社に不利な事実も、さっさと出してしまえば、次から次に生成される、新しいニュースに埋もれて、いずれ消えて無くなる。そのような時代になっているというのだね。

で、件の○賀誠だが。国会議員をめぐる情報量は著しく多い。一瞬は、批判的な目を向けられることもあろうが、翌日には、そんなニュースあったの?みたいな話になってしまう。積極的に顔を出す必要はないが、なるべく映らないようにしていれば、靖国参拝のニュースもいずれ情報の海の中で、泡になってしまうのだろう。してみると、国会議員なんちゅー連中は、この情報社会での情報のはかなさを体で理解している新人類なのではないだろうか?などと考えたわけね。

ということはだよ。何らかの関係において、存在を確からしくするためには、常に新規の情報を投じ続けなければならないということで、その場合、情報は所有=蓄積するという感触は、限りなく薄れていくのではないだろうか。逆に言えば、誰かにとって、価値が高い存在とは、新規の情報を出し続ける、つまり、流し続ける存在であるということだ。

お前と俺とは同期の桜、という過去の情報の蓄積に価値が置かれる社会は、廃れつつあると考えたほうがよいのかもしれない。

諸行無常ってこと?(笑)

ちなみにこの書名。グーグルで検索して、他の書物がひっかかってこない書名をつけたそうな。情報の海で泳ぐ、新しい判断基準になりつつあるような気がした。

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