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サイエンス・デザイナーDr.KINOKOYAのAcademic Tips

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Diary | 確認

教授のご下命により、ある授業で30分ほど文献検索の講義をした。クラスが二つに分かれているので、午前と午後2回。午前の一回目は、パワポの原稿のトラブルとかがあり、イマイチ上手に説明ができなかったが、2回目はわりかしきちんと説明できた。何事も練習ですね。それから、時間に余裕を持ってちゃんと準備して望んだ方が良いですね。ま、全ての基本ですが、これがなかなかままならないのも事実。受験とか、意外とこの部分(ある種のメンタルなコントロール)がうまくいかないことが多いですね。

さて、授業の対象者は3年生。

かねてより仮説として持っていた「大学ではレポートの書き方の講義をしない」を聞いてみたところ、やはり、そのような授業はなかったそうだ。講義の感想文を読むと、「今までのレポートは一体なんだったのだ?」とか「図書館のHPから有料データベースに行ける事をしらなかった」などの意見が結構あって、課題としてのレポートは課すものの、レポートを書くためのスキル一般に関する情報提供はされていないということがわかった。

これを学生が「自力で当然身につけておくべき知識(=常識)」と考えるか、「きちんと情報提供して、教育すべき知識」と考えるかは意見の分かれるところであるが、私は、こういう実態がある以上、後者の立場をとる。

もちろん、授業をしたからと言って、真剣に聞いている者=スキル習得に意欲のあるもの、と聞いていない者に分かれるわけだが、少なくとも”機会の平等”としての知識(スキル)の情報伝達はしておくべきではないかと考える。

例えば、授業である文献管理ソフトの話をしたが、フリーソフトを研究室に来たらあげるよとの告知に対して、実際に取りに来たのは、数名の約10%の学生のみであった。ここで学生間の意欲格差が生じるわけだが、この格差は、自己責任の範囲内にはいるものだろう。

つまり、教育機関としての責任と、自己責任との境界を引くわけだが、ことレポート作成作法の諸スキルに関して現在の日本の大学は、責任を果たしていないような気がする。

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